逆さまの砂時計 D







その週末、慎の帰国祝いが行われる事になり、


久美子は身支度を整えると家を出た。





すると、大江戸を出た所で章吾とバッタリ出くわした。





「あれ?章吾・・・」





「久美子・・・出かけるのか?」





「あ、うん。今日は沢田の帰国祝いを生徒達とやるんだ。」





「そうか・・・・」





「ごめん。もしかしてあたしに会いにきてくれたのか?」





「うん。やっとアパートも見つかって、落ち着いたからな。」





「そ、そっか・・・・。悪い。行かなくちゃならないんだ・・・・」





「・・・・・あのさ、邪魔しないから、俺もついてっていいか?


 沢田くんにも会いたいし・・・。」





「え?う、うん・・・・・別に構わないけど。じゃあ、行こう。」





久美子は章吾を促して、大江戸から少し歩くと、


あるマンションの前までやってきた。





「ここ?ここでやるのか?」





「ううん。ここは沢田が住んでるんだ。


 一緒に行こうと思って・・・・」





「・・・・こんな近くに?


 じゃあ・・・あれから沢田くんには会ってたんだ・・・・」





「あ、うん。あの日から3日後くらいに


 ここに住んでるって聞いて、遊びに来て・・・


 それからは毎日、来てるからな。」





「毎日っ?毎日、ここに来てたのか?」





「うん。夏休みだしな。」





そう言って、さして気にしている風でもなく、


久美子はエレベーターに乗り込むと、階数のボタンを押した。





章吾は久美子と慎の関係が特別なものである事を


認めざるおえないと思った。





するとエレベーターの中で久美子が


カバンからキーホルダーを取り出した。





「まさか・・・・合鍵持ってるのか・・・・?」





「へ?う、うん。あいつが寝てるとなかなか起きないから、


 一度部屋の前でかなり待ったんだ。


 そしたらこれくれて、勝手に入って来いって。


 いちいち開けるのが面倒だって。


 全く・・・あいつは無精者過ぎなんだよなあ・・・・」





久美子の話に章吾の顔色が明らかに変わったが、


久美子は気付いていない。





そして慎の部屋の階に着いた。





降りようとした久美子だったが、それを章吾が引きとめた。





「??どうした?ここだぞ?」





章吾はそのまま久美子を引き寄せて、その唇を奪った。





「!!!!!!ん―――――――っ!!!!!!!」





暴れる久美子を壁に押し付けるようにして、深く口付ける・・・・





慎への激しい嫉妬心が章吾を突き動かしていた。







ドン!!!








久美子はそんな章吾を何とか突き飛ばすと、


エレベーターの外に転がり出た。





そして、呆然と章吾を見上げていたが、


一歩章吾が足を進めた所でエレベーターのドアが閉まった。





久美子は慌てて立ち上がると、


そのまま慎の部屋に向かって駆け出した。





「久美子!!!」





章吾もすぐにエレベーターのドアの『開』ボタンを押して、


久美子の後を追った。





廊下を曲がると、久美子が鍵を開けているところだった。





「待てって!久美子!!!」





何とか追いつく、その寸前で、


久美子は部屋のドアを開けて中に飛び込み、


そしてすぐに鍵を掛けた。







ダンダンダンダン!!!







「久美子!!ごめん!!久美子!!!」





ドア越しに章吾の声が聞えてきたが、


久美子はそのままドアを背に呆然としたままで・・・・・







「・・・・ヤンクミ?」





やがて奥から慎がやってくると、


久美子はすぐに慎の胸に飛び込んで、わあっと泣き出した。





「どうしたっ?おい!!」





慎も驚いてとにかく久美子を抱き締めると、


ドアの外からの声に気がついた。





『久美子!!ここ、開けてくれ!悪かった!謝るからっ!!!』





「・・・・あいつ?あの章吾って奴だな?」





それでも久美子は何も言わずに慎にギュっとしがみ付き、


ポロポロと涙を零しながら、震えている。





慎は一呼吸置くと、久美子の背や髪を優しく撫でながら、


とにかく落ち着かせる事にした。





ドアの外の声も止んだ。







・・・・諦めたのか・・・・?



・・・・つか、あの野郎・・・・・こいつに何しやがった・・・・







こんなにも怯えている久美子を見るのは初めてで、


慎は恐らく何かをしたのであろう章吾に


激しい怒りを感じていた。







やがて、久美子も落ち着いてきたのか、


涙を拭いながら、「ごめん」と小さく呟いた。







慎は久美子をそのまま部屋の中へ連れて行き、


ベッドに座らせると、タオルで顔を拭いてやりながら尋ねた。





「・・・・あいつと・・・・・・何があった・・・・・・・?」





「・・・・・・章吾が・・・・・・急に・・・・エレベーターの中で


 ・・・・・・あ、あたしに・・・キスしやがったんだっ・・・」





また少し涙目になりながら、


そう言った久美子に、慎は胸が痛くなった。





「あの野郎・・・・」





慎は立ち上がり、玄関に向かおうとする。





けれども久美子に腕を掴まれた。





「どこ行くんだよっ!」





「あいつをぶん殴ってくる・・・絶対許せねえ・・・・・・・・」





「い、いいよ!そんなのっ・・・・」





「良くねえよっ!!


 お前がこんなに怯えるなんてなかっただろっ?」





いつになく激しく怒っている慎に


久美子はまた泣きそうになりながら必死で止めた。





「本当にいいからっ!頼むからっ・・・


 1人にしないでくれっ・・・うっ・・・・・・ひっく・・・・・」





また泣き出してしまった久美子に、慎も溜息を吐き、


気持ちを静めるともう一度抱き締めて言った。





「わり・・・・ついカっとした・・・・。


 ここにいるから・・・・・泣くな・・・・・・」





「うっく・・・ひっく・・・・・・さわ・・・だぁ・・・・・・・」





「・・・・ごめん・・・・・」







そのまま暫く2人は抱き合ったまま、


静かな時間が流れていった。







30分後・・・・







落ち着いた久美子から、


どうして章吾と一緒だったのかや、ここまでの経緯を聞いた慎は


また、改めて怒りを感じていた。





だが、それとは別に、


もしも自分が逆の立場だったら・・とも考えてしまう。





久美子が章吾の部屋に毎日のように行っていたり、


合鍵を持っているのを聞いたら、


冷静でいられるだろうか・・・・





だからと言って、こんな風に久美子を泣かせた事は


やはり許せないのだけれど・・・・





「ご、ごめんな・・・・。迷惑掛けて・・・・・。」





「別に・・・・迷惑とかじゃねえし・・・・・気にすんな・・・・・」





「う、うん・・・・ありがと・・・・・沢田・・・・・」





「どうする?今日、止めとくか?」





「え?あ!そ、そうだ!もうこんな時間!行くよ!


 行くに決まってんだろ?みんな待ってるし。」





「・・・・本当に大丈夫か・・・・?」





「ああ・・・・。もう落ち着いた。


 それに沢田と一緒だから、平気だっ。」





やっと久美子が笑顔を見せてくれた事で、慎も安心し、


2人は帰国祝いに出かける事にした。







そして、2人が玄関のドアを開けて、廊下に出ると、


章吾が立っていた。





思わず、久美子を自分の後ろに庇い、章吾を睨みつける慎。





「・・・・・・久美子・・・・・・・・・さっきは・・・・ごめん・・・・・・・」





久美子は慎のシャツをギュっと握り締めたままで、


けれども深く息を吐き出すと言った。





「もう・・いいよ・・・・。びっくりしたけど・・・・・


 もうあんな事しないでくれよ・・・・・・」





「ごめん・・・・・」





「うん・・・。ア、アメリカにいたから、


 章吾はそういうの慣れてるかもしれないけど・・・・・


 あたしは・・・そういうの慣れてないんだ。だから・・・・・・」





「・・・・・俺も慣れてるわけじゃない。


 それに慣れてるから、したんじゃない。」





慎は章吾の言い方に、ドキリと嫌な予感がした。





「久美子・・・・俺・・・・・・・まだお前が好きなんだ・・・・・・・」





章吾の言葉に、慎のシャツを握っていた久美子の手が


少し震えたのが分かった・・・・








  
続く








inserted by FC2 system