360度の憂鬱 最終話







長い沈黙が3人を包んでいた。





するとその静寂を打ち破るように、激しくドアがノックされた。





慎は笠井と寺島の方を向いて言った。





「うるさいのが来たぞ。」





そしてドアを開ける。





「沢田ぁー!久し振りだなっ!顔見にきたぞぉっ!」





久美子は元気良く慎に飛びついてきたが、


慎が目で部屋の奥を見るよう合図すると


慌てて慎から離れ、叫んだ。





「おっお前等!何でここにいるんだあっ!!」







久美子に事情を話し、


やっと落ち着いたところで笠井が久美子に言った。





「・・つか、お前さ、もうちょっと静かに来れねえの?


 近所迷惑じゃん。」





「うっ・・・そ、そんな事、沢田は言った事ないぞっ」





「言わなくても気付けよ・・・」





「ううっ・・・これからは気をつけます・・・」





ションボリする久美子に慎は微笑みながら、


頭をポンポンと撫でた。





「・・・山口は・・・


 どうして沢田さんと付き合う事にしたんだ?


 ・・・元とはいえ生徒だろ?」





いきなり寺島に聞かれ、


久美子はキョトンとしていたが、やがて笑って答えた。





「どうしてかなぁ。


 こいつが生徒の時は


 全然そんな風に見た事なかったんだけど・・・。


 こいつが卒業して、傍からいなくなって、


 その時、会いたいなって思ったんだ。


 新しい生徒を受け持って、色んな人と出会っても


 やっぱりそれをこいつに話したいなって思ってた。


 恋とか愛とかよく分かんねえけど・・・


 あたしにはこいつが必要なんだなって思ったんだ。」





「・・・必要・・・?生徒が・・・?」





「人間ってのはさ、本当に必要な人間は


 教師とか生徒とかそういう枠で計れないと思うんだ。


 赤ちゃんが無条件に母親を必要としてるみたいに


 あたしには沢田が必要だったって事。」





「・・・それに気付いて貰うのに何年も掛かったけどな・・・」





「しっ仕方ねえだろっ?


 離れてみてわかる事だってあるんだよっ!それに・・・」





少し久美子の声色が優しくなった気がして、


寺島は久美子の顔を見つめた。





「何年掛かっても、絶対に気付いたよ。


 あたしには沢田しかいないんだって。」





少し頬を赤らめながらも慎を見つめながら


そう言う久美子の顔はとても綺麗で、


寺島は吸い込まれるように彼女に魅入っていた。





「・・何か・・・改めて惚れ直したっつーか・・・


 俺はやっぱお前が好きだわ。」





「な、な、何言ってんだ!笠井っ!////」





真っ赤になる久美子と苦笑する慎。





「・・・けど、渡さねえからな。」





「はいはい。


 ここまでこいつに言わせたあんたに


 敵うとは思ってねえよ。」





「お前等、2人共っ何恥ずかしい事言ってんだあっ!!////」





ムキになる久美子に慎も笠井も笑っていた。





すると寺島が言った。





「俺・・・これからはもっときちんと色んな人と向き合うよ。


 ・・・自分で決めた事がもし上手く行かなくても、


 誰かを恨んだり、人のせいにしたりしねえから・・・」





「寺島・・・」





久美子は目に涙を溜めながら、寺島に近づくと


いつも生徒にしているように


頭をグシャグシャとかき混ぜながら言った。





「偉いぞっ!寺島!


 お前みたいな奴の先公になれて、あたしは幸せだよっ!」





寺島は照れたように笑いながらされるがままになっていた。





そして久美子の気が済んだのを見届けると、


そのまま久美子の手を引いて抱き寄せた。





「あっ!!」





慎の目の前で久美子は寺島に抱きしめられ、


唇を奪われていた。





「てめっ!!!」





慎が慌てて久美子の体を寺島から引き離す。





久美子は慎に抱きとめられたまま、ポカンとしていた。





「・・お前、それはマズイだろ・・・」





笠井が引きつった顔でそう言った。







―――――――――――――――








慎の家からの帰り道・・・





久美子を残し、笠井と寺島はトボトボと歩いていた。





寺島の顔は慎に殴られ、腫れあがっている。





「お前・・・何考えてんだよ。」





笠井がそう言うと、寺島が笑いながら言った。





「言ったろ?


 自分の決めた事は誰のせいにもしねえって。」





「だからって何でヤンクミにキスすんだよ!


 俺だって殴ってやりたかったぜ。


 ・・・けど、沢田さんがブチ切れてたからさ・・・。」





「相当効いたよ・・。まだクラクラする・・。


 でも・・・何か嬉しいんだよな。」





「マゾか・・。


 で?聞きたくねえけど、


 やっぱり惚れちゃったわけ?あいつに。」





「・・・そうみてえだな。」





「はぁ・・・何かこうなる気がしてたんだよなぁ・・・。


 捻くれてる奴ほどああいつに出会うと惹かれるんだよ。


 ・・・また・・ライバル増えちまった・・。」





「でもあいつに近寄ったら、コレ、だもんな。」





「・・・お前は殴られて当たり前だ・・・」





「もうしねえって。


 あれは俺が生まれ変わる第一歩の挨拶。」





「今度やったら俺が殴るしな。」





2人は笑い合いながら、帰って行った。







その頃、慎の部屋では・・・







「・・・サ、サワダクン・・・・」





「・・・・何だよ・・・・」





「機嫌・・直してくんないかなぁ・・・」





「・・・・別に怒ってねえよ・・・・」





「思いっきり不機嫌そうに言ってるじゃねえかっ!」





慎はひとつ溜息をつくと久美子を抱きしめた。





「・・・また・・・増えちまった・・・・」





「・・・なあ・・・沢田・・・」





「・・・何だよ・・・・」





「寺島の奴・・・今日の事で何か変わってくれるよな?」





「・・ああ。少なくともお前や笠井には心開いたんじゃねえ?」





「うん・・・。


 ほんの少し考え方を変えれば、


 誰だって違う生き方が出来るんだよな。


 あいつがこのまま360度変わってくれる事を


 あたしは祈ってるよ。」





「・・・それを言うなら180度だろ?


 360度じゃ元に戻っちまうじゃねえか・・・」





「あ!そっか!」





アハハと呑気に笑う久美子を見つめながら、慎は思った。





お前が関わると360度回った時には


みんな別人になってるよ・・・


俺みたいにな・・・・







慎は愛しい彼女にキスをしながら、


また1人増えたライバルに深いため息をつくしかなかった。








オシマイ








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《作者からのコメント》


慎ちゃんが1番捻くれてたかもしんないっすね。


そんな慎ちゃんをオトした久美子さんですからっ。


この話中に『温泉旅行阻止計画』で2人が


どこまで進んだのかをチラリと匂わせてみましたが


お気づきになったでしょうか?


最後までお付き合い下さり、有難うございました。



極 月



2008/08/05  加筆修正UP。



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卒業後部屋へ






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